CAVトレーナーに

急なことでしたので、パリまでの直行便が取れなくて、サベナ航空のベルギー経由という時間のかかる方法でパリに入りました。リヨン駅のレストランで 食事を取りました。そのレストランのあまりにもの素晴らしさに圧倒され、初めてのパリで初めての食事でしたのに何を食べたのか覚えていません。

翌朝一番にトマティスセンターに地下鉄に乗って行きました。立派なドアを開け中に入ると、天井の高い吹き抜けがあり、緩やかな螺旋階段を上がり部屋に入りました。

そこには一緒にCAVを受けるフランス人が居ました。日本からは、四人行きました。
初めてCAVを受ける方が一人、CAVを日本で開催する時のアシスタントになる女性、そして女性のご主人、このご夫妻はフリューティストです。このメンバーでCAVがスタートしました

フランス語ができない私達の為に通訳がつきました。何年か後に解ったことですが、この通訳はパリのセンターが私達のために用意して下さったのでした。これは異例なことだったらしいです。とても良い通訳さんで有り難いことでした。

いよいよスタートしました。驚いたことにフランス語が解っている人達が受講しているのに、私達が初めて受講した時とほとんど同じで、皆できていないのです。

私はどうなったかといえば、色々なことが解ってきているので、やりなさいと言われたことはほとんど問題なくこなせるまでにはなっていました。初日の講師はいつも日本に来て頂いていた方ではなく初めての方でした。

フランスにもお二人しか正式なCAVトレイナーは存在しないのです。 
翌日からは博士のレッスンになりました。素敵な部屋で天井が丸くなっていて、空と雲そして天使が描かれていました。音は立体というトマティスメソッドにふさわしい場所でした。

こちらのメンバーは昨日のメンバーとは全く違い、何回も受講している方々で仕事で声を使う方が多く参加していました。

骨導音のハミング、ハミングの増幅、骨導と気導の分岐点の確認、母音の確認、いろいろとプログラムが進み、実践の段階になりました。イタリア歌曲の詩を何回も何回も朗読させられました。

そして最後に博士は「お前は日本人だから歌舞伎か能の作品を歌いなさい」とおしゃるのです。これには困りました。一般の者はあまり演奏する習慣が日本にはないとお話をしても、「何かできるだろう何でも良いから考えなさい」と言われました。
私 が思いついたのは、謡曲の「高砂や」でした。さわりの部分だけでしたが、博士は「それで良い」とおっしゃいました。これで、CAVインストラクターの資格 を正式にいただきました。この瞬間に私は、3番目のトレイナーになり、博士のレッスンを受けた最後のインストラクターということになったわけです。